東京23区ブラ歩き 足立区・古隅田川篇

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東京23区の区営歴史資料施設を、あいうえお順で訪ねる、東京ブラ散歩。第1弾は「足立区」ー。

足立区の歴史資料館は、「足立区立郷土博物館」(下記地図の赤丸)。
JR常磐線亀有駅からかなり離れた、足立区でも東のはずれの方にあるので、訪問後の散策のテーマとして何をピックアップしようかしらと、Googleマップで足立区を眺めてると、
葛飾区との区境って、めちゃぐにゃぐにゃー
ってことに気づいたの。(下記地図の赤囲みの箇所)

足立区葛飾区区境

東京の区境は江戸時代の道や川であることが多いから、これは絶対に川跡に違いない、と、“東京時層地図”で調べてみると、

古隅田川と区境の様子

と、見事に「古隅田川」という川が、区境と合致しておりました。

タモリじゃないけど、今回のテーマは、
失われた川を求めて
となりましたー。

ということで、3月1日(木)正午に、亀有駅をスタート。
まずは、東武バスに乗って、足立区立郷土博物館へ。

足立区立郷土博物館

足立郷土博物館バス停で降り、整備された「葛西用水親水水路」を渡ると目の前です。
なかなかの外観。
門を入って左側には、区内にあった歴史的な石碑やお地蔵さんや道標などが並べてあります。

入館料おとな200円。俺らの他にはどなたも館内にはいませんでした。平日だしね。

ぐるーっと1時間ほどかけてまわったけど、ここ、いい。
なかでも第1展示室における、足立区が地の利を生かした江戸・東京の農村としての誇りみたいなのが、下肥(こえ)の利用をわかりやすく説明した肥溜め模型から感じ取れるの。
千住市場(やっちゃ場)の様子の展示、2階ギャラリーの千住火力発電所のお化け煙突の模型、第2展示室の都営住宅の復元家屋。どれも大変よくできてるし見やすいの。

高度成長期の都営住宅なんかみると、
ああ、子どもの頃の実家にそっくり
って郷愁すら覚えます。

いただいたパンフレットやWebページには書いていないけど、展示ケースの下に引き出しがあって、それを引っ張り出すと、展示物を子どもにやさしく文言で説明してたり、クイズ形式になってたりと、それがなかなかためになる。かゆいところに手が届くって印象で、学芸員さんの創意工夫が読み取れるわ。

足立区立郷土博物館

ひとしきり楽しんだあと、バスで環七を亀有5丁目バス停まで戻り、目の前のセブンイレブン前で一服して、区境ブラ歩き開始。

さて、区境となっている古隅田川とは、

かって、隅田川に利根川本流が流れ込み江戸湾に通じていた頃の旧流路が古隅田川と呼ばれて東京に残っておりました。 この川の現況は一部水を湛えた親水公園として残る以外は道路や暗渠となり一筋の川としての機能は全くありません。

今回は既に消滅した川の探訪ですから、その経過を下調べしようと思います。

先ずは古隅田川流路の場所の特定から始めます。

現在の東京都地図で足立区と葛飾区の境界線を見ますと中川の常磐線鉄橋下流中川橋付近から小菅東京拘置所脇まで、くねくねと続いておりますが、これが旧隅田川流路の古隅田川跡です。

出典:還らざる大河古隅田川 時代と河川 – 江戸旧聞東京百選

この流れは奈良時代の律令制制定時から、北側を武蔵国、南側を下総国を区切る流れで、それが今もなお、「境」というものに受け継がれているとのこと。すごいわー。

環七亀有5丁目バス停付近

スタートは、環七亀有5丁目バス停付近からです。
上写真の中ほどの建物の間が、古隅田川跡であり、足立区葛飾区の境、そして、武蔵国下総国の境よ。

ここから西に綾瀬方面まで、「出会いの川・古隅田川」として整備され、数々の説明版などが設置されてて、予備知識がなくても結構楽しめます。

歩道もほとんどがきれいに整備されてます。
歩いていて面白かったのは、足立区側の家は、 歩道まで植木鉢やら自転車やら、はたまた洗濯物まで干してたりしてるのに、葛飾区側の家はそんなことしてないエリアが結構見られたこと。
なんででしょ。

古隅田川暗渠上の足立区駐輪場

マップの緑のマーカーのところまで、ただの遊歩道や流れを復活させた親水歩道のようになってたりしますが、この先北にぐぐーっと曲がってしばらく行った紫のマーカーのところから、流路にふたをしてその上を、上写真のように自転車置き場として利用されていますの。

途中東西を通る道で途切れながらも、JRのところまで続いてて、その道を通しているところには橋が親柱がそのまま残っていて、なかなかに心をくすぐります。

このあと、流路は高架をくぐって大きく回って再び綾瀬駅西のところに戻ってくるんだけど、この区画は派手に開発されているのでその跡を思いはせることはできないわ。

高架下の歩道を歩き、ショートカットっぽく駅西のバスターミナルのところから、今度は南下です。

白鷺公園まで下り、東の方からの流れに沿って、左にレンゴー右に水面のカモを眺めながら進みます。

大六天排水所前の古隅田川

水戸街道(陸前浜街道)にぶるかる前に、流れは右に方向を変え、片方の岸は杭を打った土留が残っているなど、遺構として昔ながらっぽい雰囲気があっておつなんだけど、その先には首都高速の高架がどーんとそびえてて、新旧がまじりあってる場所であります。

その後は、綾瀬川へは大六天排水所から綾瀬川に落とされるので、我々は車がびゅんびゅん通る道を北上。
伊藤谷橋を渡り、小菅拘置所の北の裏門堰親水路を楽しみ、小菅万葉公園から拘置所入り口~荒川~小菅駅へと向かい、今回の散歩を終えました。

古隅田川はこの先荒川を横切る形で、対岸の千住旭町、千住曙町の方に向きを変えて、荒川(今の隅田川)に合流していたようです。荒川がまだ開削される前の地図を見ると、その様子がよくわかって面白いです。

荒川放水路開削中の古隅田川と区境の様子
大正十二年東京大震火災地圖(国際日本文化研究センター所蔵)

次回は、荒川区です。

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